したたかに生きる
したたかだぞ。
しぶといぞ。
私は特養老何か絶対に入らないぞ。
あの幼稚園児のような扱いは大嫌いだ。
猫なで声の介護士たちは大嫌いだ。
車いすでのラジオ体操。
お花紙で飾った薄汚い食堂できざみなんか死んでも食べないぞ。
古臭い民謡とかつまんない童謡とかハイみんなでお手手を打って歌いましょなんて絶対やらないぞ。
死ぬまで管理なんかされないぞ。
規律なんて大嫌い。
満月の真夜中が大好き。
ひとりが好き。
音のない世界が好き。
しかし私はいっぱいで私の中にはショパンのピアノ曲やヘンデルのソナタやバッハの組曲が爆音で流れている。
沈黙と孤独の責任を自分でとる。
ああ夜は素敵だ。
あ 生きられる
65歳の1日目が静かに終る。
空が白む。
もう起きたのだろうか。隣のうちからひっきりなしのくしゃみが聞こえる。
あとどのくらい生きるのだろう。
生きられる時間。
やり残したことが多すぎてでも少しづつ整理は出来て。
かっこいいばあさんになりたくて。
そのことを考えるとわくわくする。
もう髪の毛を白髪染めで染めることはしない。
早く真っ白になりたくて。
煙草はやめたがネオシーダ―を吸っている。
禁煙パイポも咥えている。
口唇依存。
おしゃぶりください。
白髪のばあさんがおしゃぶりを咥えている。
おしゃぶりください。
白髪のロングヘアーをなびかせてどこかの森で三太郎とじゃれあうのだ。
白いドレスを着てワルツを踊る。
少女のように。
確かに私の中には少女がいる。
歳をとればとるほど私は少女になる。
120歳のおしゃぶり咥えた老婆。
日がな一日文章を書く。
日がな一日三太郎を抱く。
外見はどんどん老婆になってこころはどんどん少女になって。
小さく小さくなってミーちゃんになって。
ひまわりの花に座っていたい。
花はいっぱい飾ろうね。
コーヒーがぶがぶ飲もうね。
お砂糖少し。
動物の命頂くのはやめて。
透明になって。
どこまでも透明になって。
あ 生きられる。
たった2枚の絵のように [私史]
信濃町の路面電車の線路は 陽に輝き ピカピカと眩しかった。
私はおじいちゃんに肩車して 駅に向かって歩いていた。
季節はいつだろう。初夏だったような気がする。
おじいちゃんのはげ頭に手を置いて 肩車心地よくゆらゆらと揺れていた。
陽炎がたった。
もう60年以上昔のことだ。
たぶん私は小学校にも行っていない。
4歳か5歳。
路面電車の線路だけがピカピカで 街は貧しかった。
おじいちゃんはげた履いて私を背負いとことこ歩く。
歯のない口でにこにこ笑っているのだろう。
職人だったおじいちゃん。
私の足をしっかり支える手ががっしりしていて心地よかった。
駅前の小さな小さなお菓子屋で ポパイの紙に包まれた チュウインガムを買ってもらった。
大きな風船ふくらませられるしっかりしたチュウインガムだった。
アメリカの味がした。
そこまでしか覚えていない。
幸せな一枚目の風景画。
2枚目の風景画はおじいちゃんの死だった。
四畳半の茶の間と八畳の客間の間の暗い六畳間に白い布を顔にかけて静かに眠っていた。
お客さん用のふわふわの布団の上に穏やかに眠っていた。
おばあちゃんと父と母と弟二人が布団の周りで死んだおじいちゃんを見守っていた。
病気で寝込んでいた記憶はない。
ある日突然死んだおじいちゃんがいた。
病院じゃなく長年暮らした家で静かに息を引き取ったのだろう。
そういう時代だった。
脱脂綿かガーゼでおじいちゃんの口に水を含ませた。
おじいちゃんの唇は柔らかかった。
私は死というものを受け入れたのだろうか。
たぶん受け入れたのだと思う。
幼心に。
通夜の記憶も葬式の記憶もない。
そこで記憶は途絶えている。
たった2枚の絵のような おじいちゃんの記憶。
おじいちゃんの優しい笑顔だけが今でも私の心に残っている。
もうすぐおじいちゃんに会えるね。
あの笑顔で待ってるね。
一緒にアメリカの味がするチュウインガム食べようね。
もうすぐ満開
去年は厄年かと思われるくらい、人との別れが多い年でありました。
若いころ視てもらった易者さんに50過ぎたら最高の人生になりますよと言われたのに、ちっとも最高にならず、当たり前のように親は死ぬし猫は死ぬし友は死ぬし、50から60まではこれでもかというくらい波乱万丈の10年でありました。
60過ぎたら少しは落ち着くかと思われましたが、いえただ静かな老後を迎えられると思われましたが、とんでもない。
隠居どころか何十年ぶりかにゴールデン街に戻って店をやることになりまして、いえこれも私の選択でありまして、人生、苦労する方へする方へ転がってゆく感じであります。
だって年金貰えるわけもなく、喰わしてくれる男がいるわけでもなく、一人でこの歳になっても自分を喰わせる為働かないわけにもいかず。
この4月で3周年を迎えますが、貯金取り崩して何とか維持しているようなわけで。
9月に芝居がありまして、これがなんとも納得ゆかず、5月ごろから稽古を始めてみましたが、演出と主演を頼んだ昔の男、正直言ってお眼鏡違い。
芝居台無しにしてくれはりました。
演劇学校の発表会ではありませんです。
酒に呑まれて芝居に本気で向き合ったとは思われず、連絡する気もありませぬ。
熱い夏は熱射病。外を歩けばふらふらで、冷房効いてる家の中これまた入れば、鳥肌ものの冷房病。
毎日点滴打ってやっと本番迎えた始末。
散々でありました。
おまけのように、いえ決しておまけではありません。私と長年一緒に暮らした猫さんのののちゃんリリ―ちゃんが7月に続けて死んでしまい、三太郎と私取り残され未だに涙も流せません。
同時進行で進んでいたガガーリンの80年代音源CD、最初に制作おねがいした制作会社、いえライブハウス、いえ私がお願いしたわけではありません。あちらが話に乗ってきたのです。
9月23日、発売記念ライブやる予定で進行していたはずでしたが、ろくにテープを聴いた様子もなくマスタリングに姿も現さず、仕方なく夜中に留守電入れ、朝の8時にマスタリング終わって一睡もせず家に帰ってきた途端、「おまえAKBかジャニーズか!」意味不明の怒鳴りこみの電話。
どう考えてもパワハラで、弁護士に訴えようかと思いました。
うつにはなるはふらふらで、何とか向こうにキャンセルと言わせました次第で。
2度と関わりたくない奴がもう一人出来ました。
心の支えは田口トモロヲ君でした。彼がいなかったら私は立ち直れなかったでしょう。
彼には感謝でいっぱいです。
10月ころから流れが変わり、店も毎日曜日ママ曜日マスターが入ってくれて、ほとんど直感で選んだスタッフですがみんな素敵な表現者で、私も楽になりお店もうまくまわりはじめました。
ガガ―リンのCD発売の件もテレグラフの地引さん、いぬん堂の石戸さん、快く気持ちよく制作進めていただいて、これに尽力してくれたのも田口君。
「だって新子祭りだから」
足を向けて寝られません。
おかげさまで3月9日新宿ロフトにてガガーリンCD発売記念ライブ、最高の盛り上がりで対バンのイキルやケラさんのガンビーズもすばらしく、生きてて良かった楽しい一夜になりました。
あともう一人、なんだかなあと言う感じで関係を断った人もおりまして、これはなんだかなあのままなので連絡する気もありません。
意味不明は意味不明のままです。
去年は本当に色々なことがありました。
たくさんの人と縁を切りました。
でも新たにたくさんの人と縁を結びました。
まだ誰にも言っておりませんが秋には芝居もたくらんでいます。静かな大人の芝居です。
今はとても元気。
何人かのお友達に顔色いいねと言われました。
詩人にもなりました。
これは言ったもん勝ち。
詩人と言えば詩人です。
4月2日ラストワルツで朗読と即興のセッションしました。
音色々は泉邦宏君です。
音と言葉が一つになり、ビリッとくる鳥肌立つような瞬間が何度かありました。
もう一人マルタ君。ラストワルツの店長であり新子の火曜日マスター。
彼が3月9日新宿ロフトを仮押さえしてくれたことにより全ての物事が進み始めました。
ありがとうです。
7月18日も言葉と音のセッションラストワルツ呼んでくれました。
ありがとうです。
いろいろいろいろおろおろおろおろありました。
でも今がよければたぶんよい。
まだ少しのどに小骨が刺さっておりますが、もうすぐ桜満開の春の今宵、私は幸せ者なのであります。
呑み屋のオーナーもやりますよ。
バンドも芝居もセッションもやりますよ。
詩も書きますよ。ルポも書きますよ。
さくら咲くもうすぐ65歳です。
はい棺桶は宝箱です。
3 てん 9
風は冷たかった
おなかに沁みた
わたしのエネルギーは噴射し光の中にいた
屹立していた
ここに起っているぞ
針金のようなからだで起っているぞ
鍵は鍵穴を探していた
遠くのどよめきの中で
貴方の湿った手が
わたしの手を握った
26年が必要だった
今だった
5年前でも10年前でもない
今だった
欲しかったのは安心
来た
安心
かちっと
鍵は鍵穴におさまり
その扉を音もなくあけた
だれにも分かりはしないだろう
鍵と鍵穴が一つになったこと
この
ここちよさ
ステージの上で
抱き合った
誰にもわかりはしない
意味
愛を超えた
映画館の暗闇の中で
最後の字幕を
今見終えた映画を反芻するように
爆音の中で
わたしは
わたしの26年間を
安心という静寂の中を
誰にもきづかれず漂っていた
3 てん 9
終わりの始まり
魂が熱い ガガーリン 新宿ロフト
「ガガーリン80年代ライブ音源初CD化記念LIBE----もう×××はしません!」
出演者
田口トモロヲ VO SAX
ひろ 新子 VO VIL
藤川 正雄 SYNTHE GE etc
佐藤 あつし B
不破 大輔 B
みのすけ DS
ゲスト
ケラリーノ・サンドロビッチ
イキル 谷口マルタ正明(Vo)伊藤義之(G) 伊藤真澄(Key) 渡邊 修也(B) 真保安一郎 (DS) 宮腰浩基(Sax)
this is panic
日時 2012年3月9日(金)
Open 18:00
Stert 19:00
料金
前売り 3000円 当日 3500円
※前売チケットは、
ぴあ
ローソン
e+
ロフト店頭 (新宿ロフト)
で2/5(日)より発売!
ゴールデン街5番街「新子」でも扱っております。
始めで最後かもしれない
観なかったら泣くぜ!
皆様のご来場をお待ちしています。
80年代のパンク魂見せます!
優しい戦争
書いては消し。書いては消し。書いては消し。書いては消し。書いては消し。書いては消し。書いては消し。 書いては消し。
疲れた。
もう少しなんだけどね。この一線が越えられない。
一線。
一戦。
そんなに沢山は闘えないよ。
昨日一日棒に振った。
胃カメラ飲むのにのどに麻酔の薬含むのまでは許す。
胃の動きとめる注射打つのも許す。
しかし気持ちが楽になりますよと言った瞬間に打たれた安定剤は許せない。
NOというひまも与えられず打たれた。
それでへろへろになった。
これ精神障害の患者を移送するとき打つ注射と同じ。
何度も見てきた。
暴れる患者をおとなしくさせる薬。
何度も見てきた。
胃カメラ飲むくらいでそんな注射は無用だよ。
だから一日棒に振った。
眠るだけ眠り起きてもだるくて何もできない。
思考停止。
たくさんの歌を聴いた。
たくさんの人と会った。
たくさんたくさんたくさんたくさん。
たくさんすぎて疲れた。
良いことだらけだったのに。
良い人ばかりだったのに。
良い唄だらけだったのに。
わたしの精神は疲れた。
三太郎と二人になってやっとほっとした。
布団にもぐりこんでわたしの腕枕で1秒で眠る三太郎。
もう少し。
ほんのもう少し。
一線越える。
一戦。
何度も戦った。
何度も敗れ勝利した。
でもあと一戦。
二戦?
三戦?
体力を気力で補いことがもうできないことが去年証明された。
体力がない。
哀しいことだが体力がない。
だから戦い方を考える。
闘いから戦いへ。
私の戦争は今始まったばかり。
最後の戦争。
優しい戦争。
64歳老化と付き合う
低血圧だった私が冬がきて寒くなり血圧が160に上がった。
こんなの始めて。降圧剤飲んだらふらふらになったのでやめた。
動脈硬化症70歳後半の硬化。
心臓軽度ST-T変化。いつも息苦しい。心疾患の疑い
肺レントゲン結果。変な影。逆流性食道炎の疑い。
一カ月以上続いている下痢腹痛原因不明。
脂質異常症低血糖。
ldlコレステロール162これは家族性。
体重36キロ
来年1月胃内視鏡検査腹部超音波検査
はい 立派な老化です。
昼間はほとんど寝たきり。
精神は健康。これは私が精神保健福祉士だから自己診断できる。
鬱なし。
ニッポンが壊れたように私も壊れた。
酒一滴も飲めず。哀し。
タバコは適当に吹かしている。精神安定。
3.11以降文章が書けなくなった。
絶望は書きたくない。
来年はニッポンも私ももっと悪くなるだろう。
ニッポンに対しては闘う。
しかし老化とは闘えない。付き合うのみ。
来年は変わる。
変わる予感がする。
新しい出会いがいっぱいあった。
私を支えてくれる素敵な人がいっぱい集まった。
だから受け入れる。
感謝する。
掃除はしないが過去の整理はする。
たった一匹残った三太郎と抱き合って生きる。
歳をとることを楽しむ余裕は残念ながら今はない。
だがやらねばならないことをやりきらねば死ぬわけにはいかないのだ。
老化と付き合いながらそれでももうしばらく私は生きる。
すべてはあたしのために
もうすぐおひさまがかおだすよ
そのまえに
しるばーぱーぷるのまにゅきゅあをする
まつげをきれいにかーるする
ばらのはなのへあばんどする
ちょこっとこうすいつけてみる
すべてはあたしのために
ねこをむぎゅっとする
あろえのせんがんふぉーむでかおあらう
きざみしょうがいりののどあめなめる
いそがなくちゃ
あさひがのぼる
そのまえに
いそがなくちゃ
つきはどこいった
きょうのつきはひとつ
まじょにならなくっちゃ
いそいでまじょにならなっくっちゃ
じかんがないのよ
すべてはあたしのために
なんとでもおいい
すべてはあたしのためなのだから
よあけのまえはあたしのじかん
ほっといて
あさがきたら
くろいぶらじゃーつけてねむるから
ほっといて
すべてはあたしのためなのだから
あたしはあたし
ほっといて
あほなおまえにゃなびかぬぞ








