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たった2枚の絵のように [私史]

信濃町の路面電車の線路は 陽に輝き ピカピカと眩しかった。
私はおじいちゃんに肩車して 駅に向かって歩いていた。
季節はいつだろう。初夏だったような気がする。
おじいちゃんのはげ頭に手を置いて 肩車心地よくゆらゆらと揺れていた。
陽炎がたった。
もう60年以上昔のことだ。
たぶん私は小学校にも行っていない。
4歳か5歳。
路面電車の線路だけがピカピカで 街は貧しかった。
おじいちゃんはげた履いて私を背負いとことこ歩く。
歯のない口でにこにこ笑っているのだろう。
職人だったおじいちゃん。
私の足をしっかり支える手ががっしりしていて心地よかった。
駅前の小さな小さなお菓子屋で ポパイの紙に包まれた チュウインガムを買ってもらった。
大きな風船ふくらませられるしっかりしたチュウインガムだった。
アメリカの味がした。
そこまでしか覚えていない。
幸せな一枚目の風景画。

 

2枚目の風景画はおじいちゃんの死だった。
四畳半の茶の間と八畳の客間の間の暗い六畳間に白い布を顔にかけて静かに眠っていた。
お客さん用のふわふわの布団の上に穏やかに眠っていた。
おばあちゃんと父と母と弟二人が布団の周りで死んだおじいちゃんを見守っていた。
病気で寝込んでいた記憶はない。
ある日突然死んだおじいちゃんがいた。
病院じゃなく長年暮らした家で静かに息を引き取ったのだろう。
そういう時代だった。
脱脂綿かガーゼでおじいちゃんの口に水を含ませた。
おじいちゃんの唇は柔らかかった。
私は死というものを受け入れたのだろうか。
たぶん受け入れたのだと思う。
幼心に。
通夜の記憶も葬式の記憶もない。
そこで記憶は途絶えている。

 

たった2枚の絵のような おじいちゃんの記憶。

おじいちゃんの優しい笑顔だけが今でも私の心に残っている。

もうすぐおじいちゃんに会えるね。

あの笑顔で待ってるね。

一緒にアメリカの味がするチュウインガム食べようね。


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