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ぐしょぬれどぶねずみ

夕方雨は土砂降りだった いつものように店に行く 近所の酒屋の自販機でたばこを買った 傘さしてお金出して機械にお金入れてタバコ取り出しておつりお財布にしまって煙草ポケットに入れて雨はざあざあ肩にかけたバックがずり落ちている 変な格好で傘さしてお財布バックに入れたつもりだった 雨の音がすごかったのでお財布落としたのに気付かなかった 歩いていてやけにカバンが軽いなとうっすらと思った記憶はある 店の近くのコンビニで光熱費払おうとバックの中見たら財布がなかった あ あの自販機のとこで落としたんだ とっさにそう思った 急いで戻らなくちゃ まだ財布落ちてるかもしれない こんな雨だもの人通りも少ないもの 又あの神社の裏の階段上るのしんどいけどそんなこと言ってられない 光熱費分入っているからお財布の中に万札ある 神様お願いと何回も言いながら酒屋の自販機まで戻った もう布のブーツはびちょびちょ足はずぶずぶ お店の人に懐中電灯借りて自販機の下とか探したけどお財布はなかった ほんの15分くらいで盗られちゃった がっかりなんかしてられない 酒屋のおじさんが警察の電話番号教えてくれた イヤー 携帯も忘れてる 急いで家に戻って牛込署に電話した 近くの交番に紛失届出して下さいと言われた 近くの交番てお店の近くの花園神社の裏の交番だ こうなったら迅速だ 携帯持ってブーツだけ履き替えてもう一度神社の階段を降りる 神様お願いとまた心に念じた でも今日の神様は冷たい 雨はますます激しくなるし風も横風だ 適当な傘を持って出たので風にあおられておちょこになって壊れた 大雨の中コートのフードをかぶってびしょびしょになりながら傘なしで歩いた 疲れたなんて言ってられない お金は抜かれてもしょうがないけど免許証保険証キャッシュカード全部入っているお財布だ何とか見つけ出さねば後が大変なことになる 早く届けを出さねばとその思いで必死であるいた 豪雨を吸ってダウンが重い水浸しぬれねずみ傘はない神はいない ともかく店に行って忘れ物の傘を持って来なければ 花園交番はその次 店でずっしり重いコートを拭いた 髪も拭いた結んだタオルが2枚ぐしょぐしょになった 店の床も椅子もびっしょりだったけど今はそれどころじゃない早く交番に行かなくちゃ 男物の傘をさして交番に行った お巡りさん丁寧に迅速に話を聴いてくれてお財布に入っていたお金とその他のカード類を記入した やさしいお巡りさんでよかった すぐにどこかに電話した 御苑前の交番にそれらしいお財布が届いてるって 思わず私は拍手した はーいったい何だったんだ びしょびしょで早歩きしていた私 でも自分を褒めてあげたいくらい雨なんかに負けていない迅速な行動を褒めてあげよう 神様はいた あきらめない私を見はなさなかった

雨は少し小降りになっていた
お財布は御苑前の交番にあった 女の人が届けてくれたそうだ お金もそのまま入っていた

ああよかった 私はぐしょぬれのどぶねずみだったけどお財布はそのまま戻った
運が良かったというべきかこのアクシデントをどう受け止めればよいのかよく分からないがともかく一件落着した

気が付けばどぶねずみはテンションハイの躁状態になっていた

神様何か私にいたずらしたかった?としか思えないような木曜夜はびしょししょだった

何事もなかったように猫たちは寝ているし あ 日常なのだ 非日常を潜り抜けて日常に戻った

夢ではないよ ほんとのはなし


走る三太郎

全ての音を消して昼寝の夢を思い出す


今日稽古いやだな帰ろかな帰ろう瓜生さん怖い顔してるし吉田や悦ちゃんはにこにこしてるけど私は今日は稽古したくないんだ
明日やれば間に合うと思う今日は一人でいたい小道具の髪飾りと衣装をしまう場所を探す
大きな古い旅館のようだ私たちは合宿しているのだみんないるみんな楽しそう私は楽しくないという感情でいるわけではないが今日のけいこはしなくてよいと思う
衣装と髪飾りを置いておく場所を探す茶色くて幅の広い階段を上ったり下りたりして時々木が腐っている
とても大きな古い古い建物だ百年建ってる旅館のようだ大きな広間の隅っこに水の入っていない砂利が敷き詰められた池のような場所があったここに置いておこうと思う悦ちゃんが来て風呂敷貸してという白くて赤い花柄の風呂敷だ
私が見つけた何もない場所がいつの間にかみんなの荷物置き場になっている私の場所なのに私だけの場所は私だけの場所ではなくみんなの場所になっている悦ちゃんが私の風呂敷で何かしまっている

私は家に帰ろうとしている靴を履いていないので若い誰かの部屋にいて靴を借りようと思う靴はいっぱいある赤いのや黄色いのや青いのや赤い靴を借りることにした右足は丁度良いが左足がぶかぶかだ左足が小さくなった赤いぺったんこの靴で先がとがっている布でできている細い飾りのようなベルトがあったのでボタンで止めた

猫の三太郎もいる靴を履かせなければと思う黄緑色の小さな靴を履かせた細長い靴だった

外はどこかの温泉街のようだ三太郎は嬉しそうに駆け回っている私に付かず離れず温泉街の商店街を東京への帰り道を探す三太郎が元気に走っているのがすごく嬉しいこんなに嬉しそうな三太郎私も嬉しい
すごく広いバスの待合所ぐるっと階段があって街の人がいっぱいいる三太郎は走る気が付けば三太郎の靴は脱げているやっぱり三太郎は素足が一番良い
バスが来た三太郎はバスの運転席の窓から中にぴょんと入った運転手さんに抱かれた停留場に看板があって東京という字が目に入った三太郎を抱いている運転手さんにこのバスに乗れば東京に行きますかと聞く運転手さんは愛想が良くてとても良い人だ坂道の町温泉街狭い街並みにぎわっているバスには地元の人がたくさん載っている
東京はすぐですよ東京に行くには小さなワンボックスカーがもうすぐ来ますと教えてくれる

ありがとうという気持ちで三太郎を私の方に呼ぶように大きく手を広げた

そこで夢は唐突に終わった

三太郎と東京に帰る

幸せな気持ちだけが残った

三太郎は元気なのだすごく

そう三太郎はすごく元気なのだ

東京の新宿のいつもの家で三太郎と暮らすのだ嬉しい


無題

トイレの窓を少し開けて雪が降っているかどうかをのぞいてみました                        残念ながら初雪を見ることはかなわず凍えた空気が私の手のひらと甲をなでました                  地震の揺れには動じない私がいてそれはいつ死んでもイイやというような投げやりな気持ちではなくいつ死んでも良いくらいこのところの私は幸せなのです

孤独も越えて寂しさも越えて近いところか遠いところかそれはよく分からないけれど死というものがとても間近にいて間近にいるから私は私の為さねばならないことを力を入れるわけでもなく力を抜くわけでもなく毎日という日々が確実に毎日で淡々と息をして涙があふれ出すとしたらそれは嬉し涙なのです

多分私とともに生き延びた年老いた老人たちは他に言葉の選択の余地もなく正しくみなキチガイでそのことが嬉しく私も多分キチガイでバカやってんじゃねえよの状態で地面を這いつくばるように恥ずかしげもなく息をしているのです

誰に媚びることなくまだまだでたらめやらせてもらいます

 新宿のど真ん中はとてつもなく静かです

寝て起きればまた今日が始まり少しづつ何かが変化して私も変化して唐突に出会ったり出合わなかったり祭りが来たら踊ろうと思います

2013年冬私は生きてます


冬の始まり

しゃきーん

11月半ば 早めの冬が来た

私は目覚める  しゃきーん

 

本を一冊出しました。
「行ってもイイ精神科、ダメな精神科」ーー東京23区精神科潜入記

おかげさまで売れております。
3刷りまで行きました。

でも怖いですねえ。

書いていた時は書くことに夢中だっけど、いざ本が出来上がりすでに私の手を離れて本屋さんの店頭に並んでいるということは。

褒めて頂くのは嬉しいけれど、批判にはとんと弱くて怖いのです。

 

それでも私のミッションは一つ終わりました。

あとはあとは

まだ秘密

冬の始まり    しゃきーん

今は花園神社の三の酉 功武と一緒に今年の熊手だけを買うことに燃えているのです。

しゃきーん


行ってもイイ精神科、ダメな精神科

「行ってもイイ精神科、ダメな精神科」ひろ新子 バジリコ出版
 病歴30年。うつのプロが行って、見て、書きました。東京23区のおかしくて、かなしくて、するどい精神科ルポルタージュ。(表紙コピーより)

 大好きな新子ママが本を出しました。アングラ女優、パンク、新宿ゴールデン街のママ、カウンセラーの資格を持ってて心の勉強をたくさんした人、ひろ新子さん。

東京23区それぞれ23件の精神科に患者として診察を受け、患者の目線で突撃潜入レポートです。新子さん自身うつであり、それぞれの精神科にそのまま同じ症状を訴えているのに診察の結果も処方される薬もバラバラ!しかも患者の話を聞けない、患者とコミュニュケーションをとれない医者が多すぎる!新子さんはこの分野は熟知した人です。医者のごまかしなど透けてみえます。無駄な薬は見抜きます。患者さん達は思い体と苦しい心をひきずって、やっとの事で病院を訪れたのだと思います。それなのにまともな診断ができない医者にあたってはあんまりです。医者の手の内を見抜いた新子さんと医者とのやりとりが痛快でもあります。

 誰にでも精神科の世話になる可能性はあります。それは家族や友人かも知れません。薬や用語の解説などもありますから、ぜひ読んでおくといいと思います。精神面を語る上で自らの過去を振り返り現在と向き合う様が切れの良い語り口で綴られており、そのエネルギーに読むと元気がでる本にもなってます。なんか迷ってる人、前向きになれない人もぜひどうぞー。東京23区のちょっとした街ガイドにもなっていて、導入部からの引き込み方がさすが表現者です。


 新子さんとの 出会いは4年前、ある劇団に出演されていて、私は音響として舞台の女優新子さんに音をあてさせてもらいました。当時の私は劣等感のかたまりで「どうせ私なんか」「しょせん私ごときが」と自分を卑下し、ストレスを抱え、口から出るのは愚痴ばかり。そんな私を「うんうん、そうかそうか」「それは辛かったね」と話を聞いて受け止めてくれたのが新子さんです。それがどんなに嬉しかったか!元気がでたか!

 聞き上手であるということは技術がいることです。聞き手に徹するには相当なエネルギーがいります。その技術とエネルギーを私(ごとき)の為に使ってくれたのです。今の私があるのは新子さんのおかげ、本当にそうなんです。

 新子さんの門はいつも広く開かれています。新子さんの表現は外に向かっています。本の中で自らの「うつ」にも語っています。門を開いて外と対峙するのに逃げもごまかしも無いから、それで心が直撃くらっちゃったのかな、と思います。

 毛皮反対や動物の活動を支持して応援してくれる新子さん。
この本のおかげでまた元気をもらっちゃった。
ありがとうございました。

 

 

あっこちゃんの本を読んでくれた感想文です。


出来ることしかできないけど、出来ることは一所懸命やろうと思いました。


清明

辿りつけないから いや 辿りつく場所など ないのだと 私は 浮遊している それでいい のだと

何万回目かの夜明け前 何万本目かの煙草 前頭葉が 僅かに眠い 私は何を求めたのだろう 何も求めない

チエロの音に導かれてここまではやってきた ここまで ここの所 ここの命 ここ ここ ここ ただここに

ああやはり 言の葉は産まれない 遠いところ

エンディングノートを書くことで 最後の命を燃やす それは 明るい 眩しい行い

失われた者たちへ 失われた記憶たちへ うしなわれた うしなった うしないつつある うしないつづける

すべてを失えば たぶん私は 放たれる どこへ 解らない どこか遠いところ 彼方へ

それでも 夜明け前 私は 確かに 清明なのだ

 


あきのそなた

ありがとう
祈念のとき
濃密に溶ける
それらの背中
何十年かの歴史の儀式
たどりつけない

ありがとう
清い瞳たち
乗り越えられない壁を
そそり立つ波濤
泣きじゃくる
ただ裁っている

ありがとう
禁欲
望まない
齟齬
猶も果てしなく
垂れる首部

ありがとう
岸辺の枯葉
のけぞるつんのめる
そこでの行いを
流れる涙を拭おう
唯終焉を待つ

 

ありがとう


秋のソナタ

今日は新子さんの舞台「秋のソナタ」を観に行ってきました★
初めて舞台を拝見させていただいたのだけれど
本当にいい舞台でした。
母娘であるが為、ぶつかり合う愛情と憎しみ悲しみ嘆き・・・。
重い内容のお話でしたが時間が過ぎるのが早く
... あっという間にエンディングでした。
私は演劇に詳しくはないのですが、観終えた後の心の余韻がまだ止みません。
ライブと同様、同じ脚本であっても同じ舞台はないと思うのでまたこの舞台を観たいと思いました。
新子さんが舞台に立った瞬間、劇場の空気が変わったように感じました。
みなさんが伝説と呼ぶのが少しわかった夜でした。
舞台終了後、ご挨拶だけさせていただきましたが
終演後の新子さんがとてもきれいでそれ以上は言葉がでなかったです。
今、思えばその瞬間をシャッターにおさめれば良かったと後悔しているところです。
写真は劇場の天井に吊るされたピアノ。
この物語の名脇役です。
心に栄養をもらえた夜でした。
明日1/20(日)15:30が千秋楽だそうです。
長らくご無沙汰
私の演劇におけるエンディングノート。
ゴールデン街劇場において1月20日(日)15;30 千秋楽
65歳 入魂の舞台です。
こんな嬉しいメッセージ。
劇場でお会いしましょう。
ひとつのページが閉じられてひとつのページが静かに開きます。
予感。
存在しているのではなく わたし 生きてます。

嵐の夜

9月の終わりのこの時間風が揺れるひゅーひゅー
家も揺れるドアがゴトゴト鳴る
雨が窓を叩くごーごー
家の中のすべてのものたちは沈黙している
三太郎はパソコンの裏で嵐の音を聞いている
意味があるのかないのかパソコンの周りを一周する
テレビだけが虚しく暴風情報を際限なく流し続ける
掃除機が横たわる
カレンダーはもうすぐめくられて10月になるのを待っている
消え残ったタバコの吸殻が薄い煙をくゆらす
家にこもる
風の音を聴くために
雨の音を聴くために

 

わかる
なんだってわかる
自分のこと以外なら

 

ミーが赤い服を着てじっと私を睨んでいる
時計の針がドンドン明日に近づく
湿ったバスタオルが壁にかかってうなだれる
ののちゃんとリリーちゃんの遺骨がとても静かだ
今日食べたものはトースト一枚なのにちっともお腹が空かない
血圧は120台で安定した だから薬は飲まない
英語の辞書を捨ててしまったことを悔やむ
ライラックのお香がいい匂い
今から映画を観て考えるのだ 次の芝居のこと
髪の毛が伸びてどんどんキャリーのお母さんに近づいていくのが嬉しい
家にこもる
風の音を聴くために
雨の音を聴くために

 

わかる
なんだってわかる
自分のこと以外なら

 

嵐の夜は

 

こころが

 

しんとする

 


クラクラ ブリジッド・フォンテーヌ 自動座

そういう時代もありました。
熱かった。みんな熱かった。
そして若かった。

1972年偶然ゴールデン街に遊びに行ってそこのママさんに隣の店空いてるよと言われじゃやると深く考えもせず自然に流れて創めたのがクラクラでした。坂口美千代さんのクラクラ日記から店名お借りしました。
どんどん流行って私の意志でなく流行って毎日満員で私もカウンターの上で裸で踊っちゃったりしてドーナツ盤でした。
映画関係では神代監督藤田監督カメラマンの姫田さん若い若い高橋伴明監督もいました。毎日熱く語り左翼って殴り合いでした。花園神社決闘場。
イラストレイターの黒田さん文人野坂さんコミマサさん中上さん渋いところでは中井さんすごい面子でした。
唯尼庵のきよ桂の中島べろんべろんでウオッカジンあおってました。みんな死んじゃった。
マツダ秋吉杜夫たこちゃんみんないたなあ。

そういう時代だったのです。
目撃してました。
そして男を二人変えました。
若いということです。

 

竹田賢一のプロデュースで渋谷の天さじでフォンテーヌ歌いました。
日本語で歌いました。
シンセ坂本龍一ドラムス土取さんベース近藤さんまだみんな無名でした。
寺山さんが螺旋階段で観てました。
洪水で水浸しの劇場でした。
早すぎるといわれました。アナーキーでした。歌詞が過激でした。
そんな時代でした。
若い時代でした。
私の20代でした。

 

自動座は今の時々自動の前身です。
なぜだか解りませんが朝比奈はこのことをあまり公表していません。
何十本も芝居をしました。
全部私が主役でした。
自慢話をしている訳ではありません。
事実です。
私は育ったし主演女優の体の張り方学びました。
新子は特別だから。
その頃の朝比奈の口癖でした。
よくある劇団の最後ですが男女関係どろどろになって終わりました。
そんな時代で若くて熱くてめちゃくちゃである意味何も見えてなかったのかもしれません。

いろいろいろいろありました。
そして何十年も経ちました。
みんな納まるところに納まって多分少しは大人になりました。

 

長く生きました。
当たり前のように若い時代がありました。
無鉄砲な若さでした。
たぶん楽しかったというよりは苦しかったのです。

苦しくて痛くて切なくてずたずたででもたのしかったのです。

そう青かったのです。

 

あおいはるでした。

 

 


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